連鎖のDCG

主にDCGについて書くブログだった。シャドウバース、突破Xinobi、ウォーブレなどに加え、今はメギド72やVtuberに関してもちょっと書く。

「アウラ・ベンヤミンの切り札」語り

何のめぐり合わせか、「アウラベンヤミンと『わんこの卵』」なる小説をこのブログで公開し、あまつさえ『わんこの卵』自身にそれを朗読してもらえるという恩寵にあずかりました。

chain-dcg.hatenablog.com

 

で、なんとこのアウラベンヤミン、別の小説の主人公にしようとしていたキャラなんですね。

 

題してアウラベンヤミンの切り札」

フルダイブVRDCG(ヴァーチュアル・リアリティ・デジタル・カードゲーム)というちょっとSFなカードゲームの世界にアウラベンヤミンを出そうとしていたわけです。

まだ1話も完成してないのですが、途中で頓挫してもいいように、かつ描写を見つめ直す助けになるように設定語りしていこうかと思います。

 

主人公:アウラベンヤミン

アウラフルダイブVRDCG『レイガイア』にログインしてきたプレイヤーです。

黒を基調としたゴシック調の服装で、黒髪のアバターをしたアバタープレイヤーであり「アウラベンヤミン」という名前もハンドルネームです。

本名は作中で明かされることはないでしょう。

カードゲームとしてのレイガイアには赤、青、緑、白、黒の五色がカラーとしてありますが、アウラ元々は見た目通りの黒デッキ使いを想定していました。

ですが、どうにも主人公に考えていた青使いの少年のイメージがふわっとしか固まらず没になったので、一番キャラの濃くて言動をイメージしやすいアウラが青使いとして主人公にスライドしました。

 

アウラベンヤミンというキャラクター発想の起点は、私が過去にどこかで聞いた「少女の青春は世界と自分とを2つ否定して歩いていくものだ」ゴスロリファッションは男の目を引くためではなく、自分自身の心を慰めるために着るのだ」というニュアンスの2つの言葉です。

ここから考えを深め、アウラベンヤミンを「元々現実では肩身が狭く充実感の不足した生活を送っていたであろう少女が、ゴシックファッションのアバターを心の武装として、それにふさわしい態度を強固に演じることで、自分とゲーム世界を肯定して生きていけるようになった」というVR世界に対して自分なりの着地を得たアバタープレイヤー』としてキャラクターを定めました。

 

名づけの過程としては、まずゴシック服の少女の名前として「アウラ」という言葉をふわっと思いつき、この子はハンドルネームを絶対フルネームのような書き方で登録するだろうという確信からふさわしい苗字を探しました。

アウラでグーグル検索したらヴァルター・ベンヤミンと彼が提唱したアウラという概念がヒットしたので、渡りに船で「アウラベンヤミン」と名付けるに至りました。

なので、元々ベンヤミンを知っていて付けたのではなく、順序的には逆だったわけです。

ベンヤミンアウラに関する論述の「複製技術時代の芸術作品」については今読んでいるところです。 

ヴァーチュアル空間で、外見を複製可能なアバターにしているアバタープレイヤー達やVタレントたちにとってはアウラの再獲得が急務かもしれません。

 

レイガイアのルール概要

(DCGをある程度プレイされている人向けの簡単な説明になります)

基本はハースライクですがライフは25、デッキ枚数が50、レジェンド以外の同種のカードは4枚まで同時投入可能なところが違います。

デュエルマスターズのようにマナゾーンがあり、混色デッキが可能です。

通常のドローの他に、追加のドローかマナゾーンに山札の一番上のカードをマナとして置くかを選ぶ疑似的なリブートフェイズ(ウォーブレ由来)を搭載しています。

(レジェンドカードがマナゾーンに置かれてしまった場合は、1ターンに1度手札のカードとそのレジェンドを交換できるという共通の裁定を持ちます)

 

切り札その1:【絹の塔のシズ】

アウラベンヤミンの初期デッキ50枚は全て青のカードで構成され、しかも青の最高レアリティカードが2種類あるという大盤振る舞いなデッキです。(最高レアリティであるレジェンドカードはそれぞれの種類ごとにデッキに1枚まで投入でき、それより下のレアリティは4枚まで投入可能です)

 

そして、2種類あるレジェンドのうちの1枚が【絹の塔(きぬのとう)のシズ】です。

 

【絹の塔のシズ】青・ユニット・4コスト・レジェンド

 攻撃力3/体力3 種族:ベクス

能力

書の極理5:自陣のターン終了時、あなたの手札からカードを1枚選び公開する。このユニットは公開したカードの「書の極理」効果を得る。公開したカードのフレーバーテキストに「意味」が含まれる場合、このユニットを+0/+1する。

FT(フレーバーテキスト

あなたを成す物の中から、どれを示すのか選びなさい。 ~絹の塔のシズ~

 

極理とは手札や攻撃力、マナゾーンのカードの数などのいずれかを参照して、一定数以上なら効果が発動するというキーワード効果です。

「書の極理5」ならばプレイヤーの手札の枚数が5枚以上なら発動します。

私は、アバタープレイヤーにとって重要なのはアバターやそれに伴う設定という新たに加わった自分の側面も含めて、自分自身の持つ側面の何を相手に見せていくのかを選び出すことだと思っているので、アウラベンヤミンの切り札であるこのカードもそれに即したカードデザインになりました。

 

さて、種族:ベクスってなんやねんて疑問もあると思うのでお答えします。

ベクス族は人間とほぼ変わらない外見の種族ですが、特徴として全員が仮面をつけています。

で、仮面を継承すると能力をも継承できるというベクス族特有の性質があったりします。

絹の塔のシズも目元を覆うタイプの仮面をつけた少女です。

 

切り札その2:【凍計のアムタ】

アウラの2枚目の切り札は【凍計(とうけい)のアムタ】です。

 

【凍計のアムタ】青・ユニット・6コスト・レジェンド

攻撃力5/体力5 種族:数霊

能力

プロローグ/青の極理5:「極理」を除くキーワード効果を一つ選び、試合終了まで凍結する。

FT(フレーバーテキスト

凍結を司る数霊が、冷徹に役割を遂行する

 

プロローグとは手札からカードを場に出したときに発動するキーワード効果であり、ハースストーンで言うところの雄叫び、シャドウバースで言うところのファンファーレに相当します。

で、凍計のアムタはマナゾーンに青のカードが5枚以上あれば極理系のキーワードを除き、キーワード効果一つを全て試合中無効化するという大がかりな効果です。

キーワードを削除するのではなく無効化するということや、自分の持つ効果を「プロローグ」の凍結で全て無効化できるというのも地味に重要ですね。

※種族:数霊(すうれい)というのはレイガイアの没構想にあった「数の精霊」の名残で、その時は絹の塔のシズも「数の極理」の使い手でした。

 

キャラクターモチーフはハリアーPのアイマス架空戦記作品「Romantic Sa.Ga」に登場する『八英雄ティアムタ』です。

「キーワード効果の凍結」という能力もティアムタが本気を出したらこんな感じになるだろうという予想から決めました。

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ティアムタは最初に倒された八英雄であり、プレイヤーにとっての「悪役」を演じ切れた最後の八英雄でもあります。

Romantic Sa.Gaは765プロのアイドル達が超絶予算を投じて作られたフルダイブ式のRPGに入ってプレイヤーとして戦う話なのですが、ゲームなのでプレイヤーが早い段階でボスと戦う時は攻略しやすいように八英雄であっても能力を抑えた性能で戦うというリミッターがゲーム仕様に設けられていました。

作中でもティアムタが独善的に街を支配をしていたボスキャラとして倒される段階まではそのリミッターが守られているように見えていました。

しかし、八英雄クラスの高度AIを持つキャラクターはアイドル達がゲームを始めた段階で自我を獲得していて、性能リミッターを外して戦えるようになっていたことが後に判明します。

つまりティアムタは最初から本気モードが可能だったわけです。

ではなぜリミッターが守られているかのように見えたかというと、ティアムタが自分の意志で「ゲームの設計通りの強さでプレイヤー達と対峙する」ことを選んだからです。

プレイヤーとNPCという冷徹な線引きを命がけで守ったってことなんですよ!!メチャメチャかっこよくないですか!?!?かっこいいですよね!!!!

 

…こういう線引きを一番強く守れるキャラということで、アウラの第二の切り札は、NPCという役割に徹することができる、VR世界でのアウラの守護者としての【凍計のアムタ】なのです。

 

 

47話で更新が途絶えていますが……ぜひニコニコ動画で「Romantic Sa.Ga」を見てみましょう。VtuberやVRchatが隆盛した今だからこそ見えることもあるかもしれません。

※ティアムタの登場は主に7、8話、ティアムタについて言及があったのは27話です。

カードゲーム初心者向けのデッキの組み方講座

カードゲームを始めたならば、誰しも通る道として「最初にデッキを組む時」がやってきます。

これは、完全初心者向けのデッキ構築講座です。

 

0:デッキの完成度は気にしない

デッキを組むというのは、たくさん種類のあるカードから限られた枚数をピックアップするという、想像よりも大変な頭脳労働です。

その上、あなたは初めてデッキを組むのですからまずは他の事を気にせず、ひとまずのデッキ完成を目指すべきです。

 

1:デッキの軸になるカードを決める

まずは「この1枚からデッキを作り始めよう!」という1枚を決めましょう。

この1枚は強いからとか、イラストが良いからとか、たまたま目についたからとか単純な理由で構いません。

とにかくあなたの最初のデッキに1枚目のカードを放り込むことが大事なのです。

 

2:デッキの軸と相性のいいカードを探す

次に軸のカードと相性のいいカードを探してデッキに加えます。

この「相性がいい」とは何も「最高に賢いコンボが決まる」みたいのでなくても構いません。

「コストが1違いだから、軸にしたカードを使うターンの前後にスムーズに使える!」くらいの感覚で選びましょう!

 

3:何度も2番を繰り返す要領でデッキを作っていく

新たにカードをデッキに加えたら、それらのカードと相性の良いカードを探して加えます。

これを繰り返すことでデッキが出来ていきます。

ただし、初めてのデッキなので、序盤に動きやすいように2コストのカードを多め、3コストのカードをやや多めくらいに意識すると良いです。

 

4:完成!……その先は?

これで世界に一つしかないあなたのデッキが完成しました!

さっそくバトルに向かいましょう!

このバトルは気心の知れた友人とのルームマッチが理想ですが、そうでないなら一人用モードかランクマッチが良いでしょう。

 

バトルをすると、バトル中すんなり出せるカードと、出しどころが全然見当たらないカードが見えてきます。

また、相手が出してきた強い、あるいは面白いカードに目が映るかもしれません。

これらを基に、デッキのカード内容を調整するということになります。

出しにくいカードをデッキから減らし、新しく入れたくなったカードを増やしていきましょう!

 

一人用モードやランクマッチも無ければフリーマッチですが、これは最後の手段です。

なぜかと言うとフリーマッチは強弱に関わらず様々なプレイヤーが入り乱れる魔境であり、強いばかりのプレイヤーにブチのめされる可能性が高いからです。

 

さて、これさえ覚えておけばあなたもいっぱしのカードゲーマーでございます。

良きカードゲームライフを!

独り歩きする「バーチャル」。バーチャルは何を修飾する言葉であっただろうか?

私のTwitterタイムラインにVirtual beingsという単語が流れてきた。

Vtuberという媒体依存の言葉にとって代わる新しい呼称としてVirtual beingsを使っていこうという流れがあるらしい。

これはおかしい。順序があべこべだ。

 

Virtual Beingの元々の定義と流れのおかしさ

Virtual Beingsは「中身がAI(人工知能」であるという。

中身がAI」というところ以外は私の話の本題ではないので、元々の定義としてのVirtual Beingsの詳しい点については以下のブログ記事を読んでいただくと、もう少し分かるかもしれない。

note.mu

venturebeat.com

元々の定義で提唱されるVirtual Beingsについては、要は「完全に人工品で構成された存在とのコミュニケーションを、現実へ進出させて社会のために役立てよう」ということなので特に問題を感じない。

私が危惧しているのはVirtual Beingsを今で言うところのVtuberやVタレントという中身として人間がいる存在の新しい呼び方にしようという動きについてである。

VtuberやVタレントはバーチャル(実質、仮想)の呼称を付けずとも、元々からして現実の人間部分のBeings(存在)は確約されているではないか?

 

VtuberやVタレントを「Virtual Beings」と名付けなおすのは現実からの後退が起きていないか?ということである。

※追記:上記は私の先入観からの懸念である可能性が出てきたので最後に画像を追加した。 

 

バーチャルは何を修飾する言葉か?

VtuberやVタレントを指す言葉として使われる「バーチャル」だが、その言葉の由来は「Virtual reality=仮想現実」である。

「仮に想う」という言葉で形容されがちなためによくわからない状態にあるが、virtualとはつまり「本当ではないが、あたかも本当のように見なせる」という「実質上の」と訳すことのできる意味を持つ形容詞である。

では、何があたかも本当に現実なのか?というと、その答えはアバターである。

データで構成された、現実の肉体ではないアバターを現実とみなすということが本来のバーチャルなのである。

裏を返せば、Vタレントの演者自体は元から現実でバーチャルという形容を必要としないのである!

 

暴走するバーチャルの純化運動

だが、日本でVtuberやVタレントを追う人々の一部には「バーチャル」を「汚い現実から切り離された何かキラキラしたもの」と誤解している人が多いようだ。

我々はそれを形容するために適した言葉をすでに持ち合わせており、それは「フィクション」と呼ばれている。

バーチャルという言葉を、空想という意味を持つ「フィクション」と混同して使うのは大変危険なことだ。

「フィクション」と取り違えられた「バーチャル」の純化を目指す運動の至る先は、現実の人間性に対して排他的になったフィクションに他ならない。

 

 

バーチャルの対義語

Virtualの対義語を「Physical=物理的な、物体として存在する」と紹介する記事もあるが、私は「Actual=実際の」が「Virtual=実質上の」の対義語であると考えている。

しかし、「バーチャル」を取り違えた人に向けた解説としては実際と実質というどっちがどっちだか分からなくなりそうな表現は不適かもしれない。

そこで、あえて「純粋な、混じりっけ無し」という意味の「ピュア」という言葉を使おうと思う。

 

さて、そのうえでこのような図を用意した。

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(バーチャルとピュア、リアルとフィクション)

 

まずピュア・リアル、これは現実である。

実在する人間の肉体と性格、そして現代社会がここに属している。

 

現実の人間が小説やマンガ、アニメなどの創作活動をすると純粋な空想作品であるピュア・フィクションが生まれる。

フィクションの世界には人権は無く、作り手の持つ著作権だけがある。

 

現実の人間がデータでできたアバターを得てVRchatを始めたり、VtuberやVタレントになったりすると「アバターバーチャル・リアリティを獲得する」ということになる。

バーチャル・リアリティを得たアバター部分の人権は、今のところ著作権で守れる範囲でなら守ることが出来る。

 

さて、取り違えられた「バーチャル」の純化運動の先にある物はバーチャル・フィクション極限まで現実の人間を排除した実質上の空想になるだろう。

これはターミネーターマトリックスで描かれる機械と人間の戦争に登場するような悪い機械のようなものに「バーチャル」の信奉者たちがなり果ててしまう可能性を意味する。

 

また、ピュア・リアルから直接的にバーチャル・フィクションへと派生するパターンは何だろうと思案した結果、それは「唐澤貴洋」や「syamu game」なのではないかと私は思っている。

ネットのおもちゃとなって徹底的に冷笑され神格化されるコンテンツ存在そのものとなり、その人のプライベートは侵略される。

人権もクソもあったものではない。

 

終わりに

バーチャルの信奉者たちが自分たちの熱意によって間接的に「ネットのおもちゃ」や「人類の敵」を生み出してしまうのは本意ではないだろうと思うので、どうかVtuberを現実に踏みとどまらせて欲しいと思う。

 

追記

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どうやら私は先入観で「Human beingsとVirtual Beingsは重ならない別々の存在」と思っていたが、これが間違いの元だった

これからはHuman beingsとVirtual Beingsの重なったところVtuberVの者と呼ばれる存在が入ることになるだろう。

 

 

 

 

 

アウラ・ベンヤミンと『わんこの卵』

VRの荒野には、ぼやけた静寂の風が吹く。

その中を一人、歩む者がいた。彼女の名はアウラベンヤミン

アウラベンヤミンは黒を基調としたゴシックの服装に身を包んで、毅然とした足取りで前へ進んでいた。

彼女の歩む先には、ひとつの卵があった。

卵の殻には白地にパステルカラーの水玉模様があり、『わんこ』と書かれていた。

 

ごきげんよう、わんこの卵さん。私はアウラベンヤミン

アウラベンヤミンが礼節に則り挨拶をすると、卵はその声に驚いて目を覚ましたようだ。

次に卵は寒さを訴え、たどたどしい言葉を発した。

アウラはそれに対して首を小さく横に振った。

「ここで貴方を温めたりはしないわ。ここがヴァーチュアルの世界である以上、貴方は貴方自身の心の中にこそ熱を求めるのでございます」

わんこの卵がその言葉を理解し、消化するまでにいささかの時間を要したが、アウラはそれが完了するまで凛々しい立ち姿で待っていた。

 

さて、卵の興味はアウラベンヤミンの服装へと移ったようだ。

「この服装が気になるかしら?」

卵がそれに同意すると、アウラは続ける。

「これはゴシック。ゴシックは美しく崇高で、私を勇気づける物のコラージュでございます」

着飾ること、それが他人から好感情を引き出すための振る舞いとなって久しいが、そうではない世界観がアウラの目の中には確かにあったのだ。

「このゴシックこそが私の意志。私の心へ熱を与えてくれる」

アウラは襟元に咲くヒスイのブローチに手を当て、大切そうに、慈しむようにして言った。

「貴方が卵から孵る時に、新しいアバターがヴァーチュアルの世界に生まれるでしょう。そのアバターが貴方に勇気を与えてくれるよう祈っておりますわ」

そう語るアウラの目は真っすぐに、卵を捉えていた。

もし仮に卵の魂に目があったとするならば、きっとアウラと目を合わせていただろう。

 

しばらくの会話の後、卵はアウラベンヤミンの好きなものを訊ねた。

「私には大好きな詩がございます。『決別の朝』という名の詩。それはもう、何度もそらんじたことがありましてよ」

当然、卵は詩の内容を知りたがった。

アウラは小さく咳ばらいをすると、詩を謳い上げ始めた。

「群青の春に立ち 否定するものは二つ 呪う客体は世界と私

 ゴシックは武装として私を形どれ 茨のような痛みの中 歩くために

 克明の野に降り 受け入れるものは二つ 世界を行く主体は私

 ゴシックは勇気として私を志せ 静寂を成す光の中 目覚めるため

 決別の朝は来た 決別の朝は来た」

 

『決別の朝』の最後の一節を詠み上げた時、アウラベンヤミンは自然と眼を閉じていた。

アウラと卵との間にはしばらくの沈黙が続いた。

「今の貴方に詩の全てが伝わったのか、それは分かりません。けれど、貴方にとってこれが難しい言葉だとは思わないわ」

アウラVRの静かなる白い原野の先へと目を向けて言葉を続けた。

「そして、貴方がこの詩を理解する時。その詩は貴方の中で私のそれとは違う姿になっているのでしょう」

 

「さて、それでは私はこれでお暇いたします。ごきげんよう、わんこの卵さん」

出会った時と同じように、アウラベンヤミンは卵に恭しく礼をした。

アウラベンヤミン』は彼女のハンドルネームであり、本名は別にあっただろう。

しかし、会話の中でついに自らの本名を明かすことはなく、ヴァーチュアルの世界ではその必要もなかった。

出会った時と同じように、そこには確かに敬意が在ったためだ。

「またいずれ会うかも知れませんし、これきりかも知れません。それは私たちの幸多き未来だけが決めることでございます」

そう言い残して、アウラは卵の元を去って行った。

アウラベンヤミンVRの荒野の朝もやの先へと何の気負いも無く進み、いずれその黒いゴシックの姿は見えなくなった。

 

 

……そして卵には、ひとすじのヒビが……

 

 

 

 

 

 

アバター増設者の人権がネットの荒野を行く

これはVtuber、VライバーあるいはVタレントの人権について考えるための記事である。

Vtuberという言葉のとらえ方が人によってそれぞれ違ってきているので、「アバター増設者」という言葉を定義して考えていく。

 

アバター増設者とは?

アバター増設者とは、現実の肉体の他にネット世界での新たな外見としてアバターを増設した人の事である。

アバター増設者の中にはアバターに付随する設定として現実とは関係ない設定を追加で増設している人もいる。

このアバターを用いて動画を撮影しYoutube等の動画サイトに動画を投稿していればVtuberであると言えるし、アバターを利用したタレント活動をしていればVタレントであると言える。

 

アバター増設者の持つ現実の肉体部分には、人類の長年の努力のおかげで基本的人権が付与されているが、アバターの部分に関してはまだ議論が未発達である。

 

アニメキャラに人権はない。著作権はある。

アバター増設者の人権を語る前に、比較対象としてアニメキャラクターの人権について考える。

法的に言えばアニメキャラに人権は無く、著作権だけがある。

作り手によって考えられ描写された人格はあるかもしれないが、その人格には人権が無いので常に蹂躙される危険に晒されているし、それは罪にならない。

 

アニメキャラの人格が保護される・されないのパターンには主に3種類あるので、単純化のためにそのキャラが凌辱される場合を考えてパターン分けしていく。

 

1:凌辱されることを前提に作られたキャラ

作者もグルで、キャラが凌辱にさらされることを前提に、むしろ凌辱するために考えられたキャラクターのことであり、オリジナルのエロゲーに多く登場する。

例えば「退魔忍アサギ」シリーズに出てくる退魔忍たちは全てこのカテゴリであり、キャラに備わる戦闘力の高さや美貌、絶妙なバカさ加減も全て凌辱シーンのためにある。

このパターンではキャラクターの人格は誰にも保護してもらえないと言って過言ではない。

 

2:凌辱前提ではないが作り手の見えない範囲では黙認されているキャラ

多くのアニメキャラはこのパターンである。

公式で凌辱されているところこそ見ることは無いだろうが、裏ではそれはもう色々されていると考えていいだろう。

ただ、公式として見せている範囲では健全に守られているので、公式だけを追っている人からすると「アニメキャラにも人格があって大切にされるんだ」という勘違いを起こす場合もある。

しかも、このパターンでもキャラ改変から保護されるわけはなく、キャラの維持はあくまで企業努力の範囲内である。

 

3:凌辱するのを許されていないキャラ

稀にだがこのパターンもある。

この場合作り手(著作者)がキャラクターの人格を保護すべく、著作権法の力が及ぶ範囲内で行動していくことになる。

キャラクターの人格を守るためには人権宣言は役に立たない。

 

アバターにまだ人権は無い。著作権はある。

さて、本題であるアバター増設者の人権についてはどうか?

まずアバター増設者の人権の内、現実の肉体と精神については、今までの人間と同じなので当然保護されている

しかし、増設されたアバターと設定に関しては未だに著作権法の範囲内で守っていくほかないだろう。

アバターは著作物なので、イラストレーター、3Dモデラ―、企業と著作権の在り処が複雑なのでこれまた大変である。

 

それを踏まえた上で先ほどのアニメキャラの保護のされ方に照らしていくと、一時期話題になったVtuberパンツチャレンジは1のパターンでもはや誰にも守れないし、Vtuberのエログロ絵に関しても2か3のパターンで保護自体は大変で骨が折れる。

 

また、アバターメガネの延長線上のようなものとして考えるなら器物損壊罪を問うようなノリで著作権法を適用させていくことになるし、「あくまでアバターも自分」というのであれば人権を問うノリで著作権法を適用していくことになる。

 

ここで、重要なことにリスナー、ファン側のとる反応についてがある。

Vtuber、Vタレント及びその運営こそがアバターの取り扱いの方針を決める権利を持つので、その決定にファンは従う必要がある

もしもその決定に不服を持つようであっても「そのVtuberを好きになってしまったあなたの失敗でしたね」としか言えない。

 

おまけ:そもそも人権とは?

自称フェミニストの暴走、難癖による混乱や、日本人が権利という考え方をイマイチ理解するのが下手というのもあり人権について腑に落ちている日本人は少ないと思われる。

今や、FGOで攻略に使える超強力なサーヴァントを所持していることを指して人権などと呼ばれてしまう始末である。

 

というわけで、大胆な意訳になってしまうが、私なりの日本的な解釈を述べると……

基本的人権とは「法律の許す範囲内でどれほど情けない行いをしても後ろ指を指される謂われは無い」という必要最低限の膨大なる名誉のことである。

つまり基本的人権の尊重とは人にはなるべく多く敬意を払うべしということだ。

 

最終的には、人権について貴方なりの言い換えを見つけることが人権の理解につながるだろう。

 

追記

Vtuber向けの著作権について詳しく説明されている記事があったのでリンクを掲載しておきます。

note.mu

オタクの審美眼、加点回路と減点回路

作品やコンテンツを評価する時のオタクの思考回路は大きく2つある。

 

加点回路

脳内に加点回路を持つオタクの頭の中には、自分の好きなものが明確に存在しているので、自分の好きなシーン、好きな要素が出てきた時に加点回路によって作品、コンテンツへのプラス評価がたまっていく。

 Vtuberのファンに多いのはおそらく加点回路持ちのオタクではないだろうか?

 

減点回路

脳内に減点回路を持つオタクの頭の中には、自分が安易で拙い展開だと思ったシーンの類型が山ほど蓄積されている。

この蓄積は直接経験したシーンや、自分の考察から導かれたシーンの両方で構成されていて、これを基に作品全体を減点方式で採点していく。

減点するだけではなく、一定の減点回数にならなかったことや、ある特定の特大の減点要素が有り得るシーンで減点が無かったことをもとに作品評価に加点もしていて、このプラス補正は得てして加点回路よりも巨大である場合が多い。

 

減点回路持ちのオタクは作品内にもともと存在しない「シーンの仮想敵」を基に評価を進めるので、加点回路のみを持つオタクから理解が得られにくい。

また、昔は加点回路持ちだったオタクが多数のサブカル経験を経て減点回路持ちのオタクへ変化する場合も多くある。

 

※私自身はおそらく減点回路持ちだと思っているし、かつてのウォーブレユーザーにはバグが多かったにもかかわらず減点回路持ちは結構多いのではないかと思っている。

 

作品比較の頻度

シーンの仮想敵が実際の他作品にあるシーンであるパターンは珍しくないので、減点回路持ちばかりが自分の推したい作品のために他作品を比較して貶めることが多いか?と言われるとそうでもない

どっちにも他の作品を叩く者はいるし、叩かない者も居る。

加点に引っかからないから叩くか、減点に引っかかったから叩くかの違いでしかなく、どちらがより厄介といった優劣は無いはずだ。

 

ハイブリッドタイプと一般人

加点回路と減点回路の両方を揃えた、謂わばハイブリッドタイプのオタクも存在する。

ハイブリッドタイプはたくさんの作品、コンテンツを経験しているので、評論家として作品の評価をしている人も多いだろう。

ここで注意が必要なのは、作品評価を見る側が「この批評家がどちらの回路を支配的にして作品を批評しているか」を見誤ると、梯子を外されたような気分になりがちだということだ。

自分に備わっていない回路での評価を目にすることはよくありうるので、加点回路持ち、減点回路持ち双方ともに注意していきたいところだ。

 

逆に両方とも揃えていないタイプもいて、分類上このタイプこそが一般人(?)なのだろう。

このタイプは世間という集団で何となく形成された評価軸を定期的に摂取して生きているはずであり、強く押されると受け入れてしまったりするかもしれないので、そういう人は押し売りの良いようにされないように注意しよう。

また、この一般人というくくりは本人のふるまいが不快かどうかを基準にしていないので、加点回路も持たず減点回路も持たずただキモイ輩というのは残念ながら存在する。

余裕のある範囲でほどほどに優しくしてやって欲しい。

こたわんこに関する諸々の課題

こたわんこに限らない問題かもしれないが、転生Vタレントとしての課題をおさらいしていこうと思う。

あくまで一意見であるので、参考の足しになれば、という程度で読んでいただきたい。

 

discord閉じコン問題

5chでは「Vタレント(あるいはその演者)がファンコミュニティであるDiscordに参加することで、閉じたコンテンツ化するのでは?」という危惧が絶えずされている。

(※コラボ時の連絡手段としてVtuber、Vタレント同士で使う場合はアリ)

実際Twitterでコアリスナーがこたわんこについて言及することは以前よりも減っており、このままでは話題として冷えていく一方である。

我々の敵が仮に居るとするなら、それは「そもそもそのVタレントを知らない者」であることは明白であり、閉じコン化は敵を増やす行為に等しい。

いつになるか分からない「転生の直前」よりも、できる限り早くDiscordを退出し、開かれたコミュニティに拠点を移すべきである。

 

…それはそれとして、企業Vタレントとしてペイするか分からないので「こたわんこ個人に資金を注げる窓口」は保持したい

「話題にはなったけど思ったよりも全然儲からないからクビ」みたいなパターンはあり得るので、いざという時にアバター使用権を買い取って個人Vタレントになれるようにしておくに越したことはない。

開かれたコミュニティからアクセスできる貢ぎ口が新たに必要になるということで、資金を受け取る側の安全を考慮して、こたわんこ名義のクラウドファンディングで活動支援金を募る形式が良いのではないだろうか。

(※クラウドファンディングだと税制で揉める可能性があり、必ず売買が成立する形式のやりとりにする方が良いらしい)

(欲しいものリストに変なもの投げるヤツが出なけりゃいい話なんだけどね) 

 

転生Vタレントの情報

Vタレントを仮想の命が宿った存在と考えれば、アバターが卵の状態であっても、Vタレントとしての演出の一環として捉えることが出来る。

アバターでも話題性を冷やさないように公開できる情報は公開していった方がいいし、話題性を維持していくために運営と個別に交渉して公開できることを増やしたほうが良い

転生の進捗に関する情報が少なく、どこまで進んでいるか分からないただの卵だと人が離れていくので、最悪「進捗ダメです#うんえいちゃんは赤子なので」みたいなのでもいいから情報発信が欲しいところである。

「こんな設定にしようと考えてます~」とか「今絵師さんと連絡を取り合ってます」とかそういう情報であればなおよい。

今から自身を演出していかないとまずいし、自身からアプローチしないと運営も助けてくれない。

 

Vタレントのロールプレイ

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新たなVタレントとして世間に出る前に、自分がノンフィクション型志向なのかフィクション型志向なのかは確認しておく必要がある。

企業Vタレントはコンセプト設定までしか決められていない事が多く、なし崩し的に中の人の地が出て来てノンフィクション型に推移することが多い。

ここでいうコンセプト設定とは、具体的な行動を決めていない一言で言い表せるフワッとした設定のことで、例えばミライアカリの記憶喪失設定がそれに当たる。

ミライアカリの記憶喪失設定はいつの間にか死に設定になっていたが、それがなぜかというと行動設定へと具体化されなかったからだ。

設定を活かすにはクリスマスは初めてなんだよね~と言いつつ、ケーキを食べたらちょっとだけ何か思い出す…みたいな「記憶喪失のキャラクターはこういう事態に出くわしたときにこういう言動をする」という詳細が詰められていることが必要になる。

 

つまり、膨大な行動設定の集積がコンセプト設定に命を吹き込むことになるのだ。

フィクション型Vタレントでなくとも与えられたコンセプト設定を大事にしたければ、徹底的に行動設定へと具体化する作業は必須となるだろう。

Twitterや生配信など、ファンと接する時間がアニメキャラクターよりも長くなる分大変な作業になるが、そうしたリアリティを好む層は必ず存在する。

 

フィクション型Vタレントの最終形は、Vタレントの1代目アクターが活動を続けられなくなっても、2代目に膨大な行動設定を研修させることによって引継ぎが可能となることである。

コラボの際は世界観や設定のすり合わせが大変になるものの、演者の替えが効くことは企業としてもリスク管理のしやすい要素になるだろう。

行動設定の逐一が書かれた設定資料集なども売り出せるかもしれない。

 

既存ファンのとるべき対応など

Vタレントを常に新規の入ってくる開かれた持続可能コンテンツにするために、Vタレントの発信は何も知らない新規に優しい表現でなされるべきである。

(※今更な指摘だが、闇の虚空ネタをずっと引っ張ってTwitterの名前欄に書いておくと新規が何のことだか分からず敬遠しそうなので悪手であった。それよりも次の配信予定の時間や次に何の動画を出すかなどを名前欄に加えた方が良い)

ということは、転生前からいる既存ファンが新規ファンと格差を作ってしまわないために、あたかも新しいVタレントと出くわしたかのようにふるまう必要がある。

新規に何か言えるとしてもせいぜい「声が聞き取りやすい」とか「居心地が良い」とかくらいであろう。

というわけで、既存ファンは「あのVタレントについて大して知らないはずなのに、やたら推してくる変な人」になろう!

 

(ところで経歴として雨ヶ崎笑虹になり損ねたVタレントってどうなんだ?経歴の傷であってアピールポイントじゃないのでは?)

 

最後に

活動が長くなるとアーカイブも多くなり新規の参入障壁は大きくなる。

参入障壁を小さくするためには、「だいたいこんなヤツです!だからアーカイブ全部見る必要なし!」という3分以内程度の動画が欲しいところ。

これは公式が作るのでも有志が作るのでもどちらでも良い気がするが、もしも公式とし作る場合は短く簡潔で動画単品で面白くまとまっていると良いだろう。

参考例としてバーチャルおばあちゃんの動画を以下に掲載して記事を締めくくる。

www.youtube.com